2010年以前に製作の作品を紹介。




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Bulb Man
バルブマン
October 2012 170x180x570 mm

 LED電球が主流になりつつある現在、フィラメント式の電球は地球環境に悪影響を与え、耐久性にも劣ると言う。消費電力もLEDに比べ大きく水をあけられて、発明から1世紀以上も開発が続けられ、人々に愛されたフィラメント式電球は姿を消そうとしている。そんな電球へのオマージュとして、この作品を作ろうと考えた。
 思えば、電球の生みの親とも言われる発明王トーマス・エジソンは、電気事業の父でもあるが、僕たちが子供の頃に受けた教科書の中の天才エディソンは、胡散臭い起業家の一面もあると知り、現代の電気を取り巻く産業の変化と重ねて見ると、電球の衰退は一つの時代の終わりを告げているようである。
 1世紀前、エジソンと確執のあったニコラ・テスラの無線電送システムの実用化は未来の生活を予感させる昨今、エジソンによって黙殺されたテスラの偉業の再評価は、時代の皮肉と不思議な縁を感じざるを得ない。
 また、光の照度を表わす単位に1ルクスと言うものがある。蝋燭1本程度の光が1mの距離を照す基準の最小単位である。100v40wの白熱電球は400luxなので、約400本の蝋燭を使用する事になる。蝋燭からフィラメントへ、そしてLEDへ、光は益々コンパクトになり、僕たちが感覚的に把握出来ないものとなりつつある。光を神として崇め、擬人化することも出来なくなっていく。



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Princess Boy
彦姫
February 2012 250x270x500 mm

 友人のゲイのトオルちゃんは、僕がアートワークを担当したレストランで働いていた。大変優秀なギャルソンで、僕や家族の食事を楽しくプロデュースしてくれる数少ない人物だ。この作品は、そのトオルちゃんのイメージを形にしたものだが、実際の彼(彼女)は作品のような着け睫毛も化粧もしない。彼は美的センスが素晴らしく有り、他人に対する気遣いも深い楽しい人物である。そして、彼らのようなゲイに会うといつも思うのは、その頭の中がどのようになっているのかと言う事である。子供の脳は、既に3歳くらいで男性脳と女性脳に分かれて成長すると言う。男の脳と女の脳が混在している彼らの頭の中を覗いてみたいと作ったのがこの作品。頭頂部が観音開きになり、中は銀箔を貼ったジュエリーケースになっている。



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A man who flies
飛ぶ男
July 2011 340x360x630 mm

 人間が身体一つで空中を飛ぶためにはどうしたら良いのだろう。頭に二つのプロペラを有するこの作品は、元々、日本のアニメの「ドラえもん」に出てくる「竹コプター」と言うプロペラのついた帽子がイメージの元である。人類が大空に憧れ、最初に飛び方を学んだのは鳥だったが、もしも最初に昆虫を見て飛ぼうと考えたなら、恐らくヘリコプターのような構造が先に考えられたのだろう。整形手術などで、自分の理想とする姿になることに躊躇しなくなっている現代人は、近い将来、自らの身体を機械にはめ込み、自身の能力以上の力を持つことにも、なんの躊躇も無い進化を遂げるのだろう。後頭部に出ているレバーを回すとプロペラが回る。


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A man who loves Art
芸術を愛でる人
August 2011 190x200x445 mm

 僕の創作活動に大きな影響を与えてくれた人々の中にT.I.氏がいる。氏は最も早い時期に僕の作品を購入してくれた人で、彫刻に限らず、デザインや様々な創作活動に多くのアドヴァイスをくれ、インスピレーションを与えてくれる大切な人である。また、氏は無類のオペラ好きで、毎朝、夕にオペラやクラッシックを聴き、ミニコンサートも開ける別荘では、世界で活躍する音楽家が演奏にやってくる。小さな農園を持ち、自ら無農薬の野菜を育て、それをオリジナルのレシピで美味しく食することを楽しむ、僕の理想とする生き方を氏は先駆けている。僕は氏のお陰で素晴らしいオペラやバレエを見せてもらうことが出来、それは作品製作の大きな力となり、氏の生き方は僕の未来の道標となっている。



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A midnight Merry-Go-Raund
真夜中のメリーゴーランド
March 2011 225x265x540 mm

 僕の好きなJ-Pop のアーティストに山下達郎がいる。彼の楽曲の中に「メリーゴーラウンド」という曲があり、歌詞の内容は、真夜中に恋人たちが二人で遊園地に忍び込み、かつては多くの思い出を乗せて回っていたメリーゴーラウドが、月明かりに照らされて今は動かない・・・そんな時の流れの無情さを恋人と愛し合いながら感じるというロマンチックな内容だ。遊園地の遊具として、メリーゴーランドは象徴的な存在だが、僕はこれに乗ることが嫌いで、もっぱら見ている側にまわる。楽しそうに乗っている人を見ている方が幸せな気分になれるからだ。この作品も、見て楽しめるように手動で稼働するようにした。因みに、この作品でまわる動物「馬」「兎」「鶏」「豚」は、干支にちなんだものでもあるが、僕の子供の頃に家の近くで見る事が出来た動物たちである。

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A rabbit has a flower
花を持つ兎
December 2010 180x200x520 mm

 2011年は「兎年」との事から兎を作ることにトライした。兎の懐に試験管をさせるようにし、そこに花を生ける事が出来る。擬人化した風貌は、「鳥獣戯画」に出てくる兎のイメージをリメイクしたものである。しかし、出来上がった作品はピーターラビットのようになった。日本の昔話に出てくる兎は、嘘つきであったり意地が悪かったり、小ずるかったりと、あまり良い印象を与えないが、この作品は兎の温厚で可愛いイメージで製作した。茶道の世界でも兎をモチーフにした道具や絵は多く使われる。この作品も茶会などで使うために製作した。



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Paper Moon
切り貼りの月
October 2010 170x320x440 mm

 「うわぁ、何やこの月、切り貼りのお月さんみたいやわぁ・・・」と言う一言から始まる僕の未完成の小説に登場するヒロインを作品にした。この小説は、初老の男と、彼が仄かに思う若い女とのデートのさなかに、ビルの合間に見えた不思議な色をした満月を見て、彼女が放った一言から大人の切ない片思いが始まると言うものである。セックスが恋愛では当たり前の行為になっている昨今、プラトニックな恋愛は、生身の人間同士のコミュニケーションでは化石化したものなのだろうか?恋愛が若さを保つ秘訣であると言われる現代、その若さを保つ事と、誰も傷つけずに生きる事は、自分の脳内にその恋愛対象を作り出す事で成立するのかも知れない。台座は密集するビルを模って(かたどって)いる。小説の冒頭で二人は博物館の裏通りを歩く。そんなイメージを反映した。

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A life like a Cicada
蝉のような人生
November 2010 270x220x560 mm

 その人は60歳を過ぎてトライアスロンを始めた。僕と一緒にトレーニングをする。ある時、彼はバイクに乗りながらこんな事を言った。「自分の人生は、まるで蝉のような人生だったな。。。」大手企業のトップを退職し、自分の人生を省みた時、自分の人生と蝉の生き方を重ね見たのだろう。現役時代は地中をはう幼虫で、退職後に初めて別世界に羽ばたく蝉の成虫になったと。。。数千人の社員の先頭に立ち、生き馬の目を抜く企業戦争の先頭に立って走り続けた彼の深い溜息のような言葉だった。地を這う2次元の視点から、羽を持って飛び回る3次元化した視野を手に入れたM氏は喜び勇んで新しい世界を満喫しているようだ。そしてM氏は、自由になった自分の時間を、ただ趣味のためだけに浪費するのでは無く、そこに出会った人を繋げ、新たな世界を築いていく。蝉が子孫を増やすように、彼は人を繋げ、仕事を残そうとしている。

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A boy who plays the Violin
ヴァイオリンを弾く少年
September 2010 380x320x640 mm

 僕は4歳から6歳までヴァイオリンを習っていた。父と母が何を勘違いしたのか、僕を音楽家に育てようと思ったらしく、子供用のヴァイオリンを買い求め、近くのヴァイオリン教室に通わせ、鬼気として音楽の特訓をした。そんなスパルタ教育の毎日は、地獄の日々だった。結果的に僕に音楽的な才能が無い事に気がつくまでに2年も掛かった。過日、納戸の押し入れの奥にしまわれていたヴァイオリンを見つけ、直せばまだ弾けそうなこの楽器をレストアし、孫の遊び道具としてプレゼントした。父と母の過ちを繰り返さないように、孫にはただの遊び道具としてあげた。この作品は、全ての教育パパとママに送る。


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Scissors Hand who lost a Brain
脳を無くしたシザーハンド
October 2011 300x200x470 mm

 僕のヘアーデザインをお願いしているS氏は40歳の頃、脳腫瘍が見つかり摘出手術をした。美容界ではトップにいた彼の再起は危ぶまれ、皆がその才能を惜しんでいた。しかし、S氏はそんな心配をよそに、リハビリを続け、再びハサミを持てるまでに回復した。彼のカットの素晴らしさは、一度カットをしてもらうと、1ヶ月を過ぎてもイメージが崩れない。そんな彼の切り取られた脳は、どのような情報が詰まっていたのだろう。本作品では、切り取られた脳の部分が引き出し式のジュエリーケースになっている。大切な物、思い出のある小さな物を、切り取られた脳の一部にしまうのである。

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A sharp woman
切れる女
April 2011 180x310x550 mm

 人類の歴史の中で、男性が優位を誇る組織社会の構築以来、女性の社会進出と地位の向上が最も進んだ時代が現代だろう。男社会の中で、女性が持つ才能の再認識は日に日に高まっているが、その評価の多くは男性が下しているという矛盾がある。女性は男性の築いたシステムと基準に従い、その範疇ないで自らの地位を高めている。女性が 0 から人間社会のシステムや概念を築いたらどうなっていたのだろうか。太古の時代のアニミズム的な社会構造が基本になったのだろうか。どうであれ、非力な女性の文明は力を誇示する文明では無い。強い力を必要としない文明とは、道具を扱うスキルの高い文明だろうと想像がつく。この作品は、頭部が斧になっている。刃物の中でも力とスキルの程よいバランスを必要とする道具である。彼女が優秀である・・と言う意味で「切れる・・」と言う意味で作った事は言うまでも無いが、この微妙なバランスを必要とする道具をもチーフに選んだ事で、女性の生み出す文明を考えてみたかった。また、左側頭に付いているビーズは、日本古来からある「そろばん」を摸した物で、強かで計算高く生きる女性を表現したかった。



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A man who tries to fly
飛ぼうとする男
May 2010  180x310x550 mm

 右の耳から生えている羽は、男の幻想の象徴で、感情を支配するという右脳が見せる希望である。男は何故空を飛ぶ事を夢見るのか?人は何故自分以外の何かになろうとするのか?自分以外の何かになろうとする事や、非現実的な夢を見る事を、希望が無ければ生きられない人間の精神的糧とするなら、それが実現不可能なものであればあるほど、その夢を見続けようとするのが人間のようだ。人間が作り上げてきた文明は、そうしたイメージや希望の実現化である。しかし、そこには本来のイメージとはかけ離れた擬似的現実や妥協に彩られた現実が広がる。かくして、僕たち人間は、右脳に生えた鳥の羽のようにロマンチックでシュールな夢を見ながら非現実の世界に生きようとする。


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Her Property
彼女の財産
March 2010 220x240x530 mm

 1995年の初夏、彼女はケニヤのナイロビ郊外の砂ぼこりが舞う道路の脇を、左の足だけにぶかぶかの男物の革靴を履いて歩いていた。まだ12〜3歳だろうか、友だちと無邪気に笑っていた。ストリートチルドレンの彼女はその日暮らしのゴミあさりや置き引きに明け暮れている。そんな彼女が学校などに行っている筈はない。何処かのNPO団体の支援品であろう男物の革靴は、誰かと左右の靴を分け合ったのか、激しい争奪戦の結果、辛うじて手に入れた物なのかは分からないが、彼女のお気に入りのようであった。先進諸国の物品偏重の支援の現実は、こうした社会の底辺に押しやられた子供達をして、かくも滑稽な風景を作り出す。しかし、履き辛いだろうと思えるそんな靴でも、彼女にとっては持てる唯一の財産だった。
作品は彼女の財産である革靴を頭に乗せ、彼女と靴の関係を表現した。また、靴は先進諸国の支援の象徴であり文明の象徴として取り扱った。靴紐は結ばれていない。紐を結ぶと言う行為は教育を表わし、彼女が教育を受けていない事を結ばれていない靴紐で表わした。
彼女は靴が脱げないように左足を引きずりながら、砂煙るオレンジ色の夕日の中に消えて行った。
彼女に引きずられた靴跡は、ちぐはぐな文明の意味を問うているようだった。



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Appealing dog
訴える犬
March 2008 200x300x410 mm

 愛犬ポンゴをモデルに製作したこの作品は、彼の寿命がつきようとしている頃に製作を始めた。
歳を取り、身体の自由が利かなくなった彼は、あらぬ方向を見て、私たちには見えない誰かと話しているような様子を見せたかと思うと、私の顔をじっと見詰めて何かを訴えているような時もあった。
元々この作品は、この犬の骨壷を作ろうと考え作り始めたもので、首から下の胴体部分を付け足せるように作ってある。

Photo by Masaharu Tsutsumi



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A Chef
料理人
December 2006  150x230x430 mm

 50歳で他界した料理人の友人 松尾晋平がモデルの作品。
彼との付き合いは20年以上に及んだが、脳腫瘍で倒れてからは自分の店のキッチンに立つ事は無く、憧れだった画家となって、もっぱら描きたかった絵を描き続けていた。
そんな彼が、いよいよ病院のベッドから出られなくなり、夢の世界に遊ぶようになって、それでもベッドの上で見えないフライパンを振り、塩やコショウを振って開店の準備をしている姿を見た時、彼の人生の走馬灯を見たような気がした。
シェフとしてだけでなく、レストランの内装や器のデザインにまで自らのセンスを追求し、独自の食の世界に拘った男は、この作品が出来上がるのを楽しみにしながら旅立った。
死の5年ほど前に描いたデッサンを頼りに、彼のふてぶてしい姿を表現した。髪の毛はナイフやフォーク、スプーンで出来ている。

Photo by Masaharu Tsutsumi